小河ぐみ、Pety、あるいは世界のすべて、あるいは世界の終わり、または、無敵PetyちゃんLOVE伝説なのです その1

狂乱と狂騒と熱狂の日々、と呼んでも差し支えがないであろう3年半が、2025年10月6日に終わった。きらびやかな日々は、絢爛たる祭りは、人生の黄金期は終わった。黄金期は終わり、あとは余生、しかしそこには何もなく、ただひたすらになにも存在せず、もしくは無のみが存在し、うつろな日常が横たわっている。

 

あれから2か月と幾許かが過ぎたが、未だに君の夢を見るし君のことを思い出して泣き出すしチェキを見返すと泣いてしまうのでチェキツイはできないしスマートフォンの中の写真もGoogleフォトがおすすめしてきた時だけ見る。あなたは今どこで何をしていますかこの空の続く場所にいますか、と有名な歌を口ずさむこともあるが、その呼びかけは生死不明行方不明な人に対してであり、実家でのんびりと、または高熱を出したりして過ごしている君に対して歌うのは不適切である。

 

いつも月夜とは限らない、という、人を脅迫するときに使うフレーズが脅迫関係なく好きだが、それに倣って言うならば、もはや月夜とは限らない、となるだろうか。太陽は消え、月も消えた。月を探して夜間徘徊しているが、やはりなにも見当たらない。北極星も消えた。星々もすべて消え去り、宇宙は熱死を迎えた。56億7千万年後の世界にはなにも存在しなかった、衆生は救われない。

 

どんなグループであれ、解散が発表されたら内部(ここで言う内部とはアイドル運営やアイドルたち本人ではなく、端的におまいつを意味してかまわない)にいる人間にとって驚きはないだろう。何ごとにも前触れ、雰囲気、空気、というものはある。Petyに関して言えば、2025年7月10日に解散が告知された時点で所謂「上に上がっていく」雰囲気というものが1年以上なく、やっぱりそうなるよね、という諦念とともにその報を迎えるしかなかった。

「Pety盛り上がっているように見えたのに」と言っていたお前、お前だよ、俺をイラつかせたのは、誰だよお前、どうせ半年に一回くらいしか来なかっただろ、と、誰かが言ってました~

 

その時点ではアットジャムの敗者復活戦の招待用のチケットは20枚近く買っており、さらに買い増すつもりで予算は20万円くらいかな~と言ってはいたが、解散が告知されたことでポイントオブノーリターン、残された道は勝利しか許されない状態に追い込まれた。最後の聖戦とでも言えばいいか、全然聖戦ではないが、最後の奉公、それもちがう、最後の戦いでいいややっぱり。そんな感じ。

「夏フェスに出れない」はPety長年の課題であり続けた(解散が発表された時点でPetyは2回しか夏を経験していないので正確な表現ではないが、夏フェス問題はオタクたちの間でよく話題になるのでこのような表現となる。また、2022年、2024年、2025年のアットジャム予選で負けているので、ますます課題としては重い)。コネと人脈と課金に塗れた夏フェスはどうでもいい、拝金主義と資本主義は滅ぶべきである、というのが私の基本的スタンスだが、もう一つの基本スタンスである、小河が黒と言ったら白いものも黒、原則に従い、夏フェスに出ることは重要である、と上書きされる。小河三原則その1.小河ぐみは無謬であり小河ぐみを全肯定し小河ぐみに従わなければならない。

必然、市場主義と拝金主義にまみれた課金レースに勝ってアットジャムに出演することは正義となる。

勿論、小河がなんと言おうが、おそらくアイドルを引退するであろう小河ぐみ、そしてPetyの何人かもアイドルを辞めるつもりであったろうし、私もオタクを引退するつもりだったので、10月の解散への花道としてそれなりに頑張ったのだった(実際にはそれなりではなく非常に頑張った)。

 

つづく

今年も最高のPetyだったな2024

adventar.org

 

地下アイドルアドベントカレンダー2024の参加記事です。

毎年12月24日は、私の人生史上最大の推しメンであり最愛の人である小河ぐみを初めて可愛いと思った記念日なので、毎年この日にPetyに関するエントリを書きたいと考えております。12月8日がぐみの誕生日なのでぐみ単体のエントリ、24日はPety全体のことを書く、という住み分け。

以下に本文が入る予定です。

 

小河ぐみ、あるいは、君だけがヒロイン

今年も小河ぐみについて書こうと思う。

去年も一昨年も書いたが、わりと事実の羅列、記録寄りであり、自分が彼女をどう思っているかについては記述することを避けた。そして当の本人からは、それを読みたかった、と言われる始末。
怖い。自分の内面に向き合うことが恐ろしい。本人の解釈と異なることを書いて自分の評価が下がることを恐れている。月に10回以上会う人のことを冷静に記述などできない、というのがおそらく主な理由だっただろう。
今もそれは変わらない。
しかしながらいつまでも逃げ切れるものではなく、自分の人生で最愛の人についてテキストとして残しておくこと、今のタイミングで記述しておくことは一定の意味があるだろう、とここまで書いたが、結局は「それを一番読みたかった」と小河ぐみ本人に言われたから、というのが一番の理由である。

2024年は彼女に対する私の愛がますます深まり、時に暴走するまでに至り、かつてよりも強烈な感情とその反動である所謂病んだ状態に悩まされる年だった。
撮ったチェキはおそらく500〜100枚、見たライブはおそらく70〜100回くらいだろう。
このあたりも、2024年はちゃんと記録しておきたかったのだが、自分の先送り癖により叶わなかった。年初の時点ではその月のPetyについての振り返りを月末に書く、ということを心の中で計画していたのだが、全くやるそぶりを見せなかった。公言しなくて正解であった。

まず、小河ぐみのパーツについて書いていく。


その時に美しく、時に可愛らしく、時に悲しみをたたえて、そして時にとんでもない変顔をする、幾百もの表情を見せる顔が、私を惹きつけてやまない。というポエムを書きたくなるくらいには小河ぐみの顔が好きだ。そもそも顔から入ったような記憶がある。というか顔から入った。2021年12月にPetyのライブを見た時の話だ。可愛いかもしれん、と当時の私は判断したのだった。2022年9月のワンマンライブのオフ会(知り合いゼロ)の時に話を振られて推しメンのどこが好きかと問われた時も、酩酊してとにかく顔がいい、顔が好き、顔が可愛い、と、この人頭が悪いの?というレベルで顔の話しかしなかった記憶がある。いや、他の話もしたのだろうけれども、それくらい必死に顔について語っていた。
ただし、実は私の好みと完全に合致する系統の顔ではない。
私の好みは垂れ目離れ目で、対バンで他のアイドルを見ておっこの子可愛いなと思うときもほぼ間違いなく垂れ目離れ目で、また君か、と自分に対して突っ込むのだが、小河ぐみに関してはそこまで垂れ目離れ目ではない、と思う。世間一般を基準にすれば垂れ目離れ目なのかもしれないけれども、私の基準ではそこまではない。
というかいやもう、正当な評価はできない。とにかく可愛いとしか言いようがない。もう初めて話してから2年半も経過しているのに、未だにステージに登場すれば膝から崩れ落ちて語彙力を失うし、特典会ではひたすらデレデレしてしまい照れて何も話せなくなる。好き好き大好き超愛してる結婚しよう、としか言えなくなる。
つまり私の遺伝子にシンデレラフィットする顔ということだったのだろうか。気持ち悪い表現だが。
結論としては、小河ぐみの顔は世界一可愛い。


高すぎず、低すぎず、ちょうどいい音階、から文章を書き始めようとしたが、あとが続かない。とは言え、歌っているときとMCしているときと特典会で喋っているときの声はまた異なるので、接触しない人が耳にするのはやはり歌だろう。出会って2年半、歌もかなり上手くなっている。ラジオ配信みたいなことやってくれれば喋ってるだけでASMRになると思う。ASMRが何かよく分かっていないのだけれども。以前、唐突にツイキャスでラジオ配信をしたことがあったのだが、私はその時はビジネス的な接待を受けていたので聴くことができず、血の涙を流しながらビールを飲んでいたのだった。


当然ながら触ったことはない(Petyが所属するPcycleでは手をつなぐなどの接触行為は禁止なので)けれども美しい。いや、肌を評価するな、という話ではある。これに関しては主観100%なので、本人的には美しくないと言うかもしれないが、美しいものは美しいのだから仕方ない。
ちなみに私の夢はいつか小河ぐみと手を繋ぐことである。

アイドルであろうとする態度
これが、顔に並んで最高に好きなポイント。
特典会での会話から少しずつ想像するのだが、小河ぐみの中にはアイドルとはこういうものであるという確固たるイメージがあるようだ。それは、こういうことはしない、ああいう発言はしない、などの禁則事項や、(中略)

ステージ上での圧倒的な存在感
2023年は、なぜ新規無料のチェキを撮るオタクは小河ぐみばかりを指名するのだろうか、と私は非常に疑問に思っていた。自分が小河ぐみを大好きであることは自明なのだがそれは主観であって、客観的に見れば他のPetyメンバーも十分に魅力的ではないか、と。
それについて別の視点を持ったのは今年のことで、どうやら小河ぐみは、ステージ上でのパフォーマンスが圧倒的に良いらしい、ということにようやく気づいた。
いや今かよ、という話なのだが、とにかく好き好き大好き超愛しているという感情を抱いているがゆえに自分は客観性を失っており、正確な(または、正確に近い)評価ができないと思っている。結果、昨年のブログのような事実の羅列のようなことしか書けず、普段のパフォーマンスに対してもとくに意見を持たないでいた。好きなアイドルのパフォーマンスは良いに決まっているので、それを声高に語っても意味がない、というのが私の基本的な考え方だった。男のオタクはあまり布教をしない、というのにも通底する。

(後略)

今日も最高のPetyだったな(初稿)

地下アイドル Advent Calendar 2023 - Adventar最終日です。

問:2023年のPetyについて5文字でまとめよ
答:色々あった
清水義範「国語入試問題必勝法」より)
激動の年だった。1人卒業して、1人復帰して、1人加入して、1人脱退して、1人の卒業が発表された。
心も体もボロボロになりつつも、多少なりとも楽しかったので通っていた一年だった(『多少なりとも』『控えめに言って』『比較的』というのはいわばインターネット慣用句なのだろうか、『非常に』『とても』『大層に』を意味することが多い)。
つまり、非常に楽しい。
その結果、今年はどうやら100回以上の現場に通ったらしい。らしい、というのは、ちゃんと数えていないからである。間に合わなかった。そう、本稿は初稿と書いてある通り、初稿である。第一稿である。ファーストドラフトである。書くのが間に合わなかったからだ。数日後には決定稿が公開される予定である。
とにかく、7月の時点で現場70回を超えていた。おかしいだろう。お金はどうなっているんだ。時間はどうなっているんだ。そこにベンツがありますね。いいえ、そのベンツは私のものではありません。そういうわけだ。可視化が良い結果をもたらすとは限らない。

 

今日も最高のPetyだったな、について
「今日も最高のxxだったな」元ネタは諸説あるのだろうが、私の知己であるしにょーりさんが「今日も最高のわれらがプワプワプーワプワだったな」と毎回ツイートしており、私もそれを真似し始めた。最初は画像はついていなかったのだが、ある日私のスマートフォンに全員の足だけが写った写真が残っており、それを添付し始めて続けている。勿論フロアでの自分のポジション取り次第では全員の足だけの写真を毎回撮ることはとても難しいので、時には頭だけを撮ったりしている。結果、何故か一部の人たちから異常な高評価と異常なドン引きを引き出すことができて今に至る。
(これは事実誤認があるかもしれない。最初に足を載せ始めたのは「至高の琥珀かりん」と評して毎回琥珀かりんの脚を載せ始めて、そのあとメンバー全員の脚を載せ始めたのかもしれない)
このエントリを書くために軽くtwitterで検索したのだが、怖かった。何故か流行っている。相互フォローのオタクたちがたまにツイートしているのは勿論把握しているが、知らないオタクや話したことはないけれどもおそらくお互い顔見知りであろう他現場のオタクまでが今日も最高のPetyだったなでツイートしている。これは一大ムーブメントと言っても過言ではないだろう。ムーブメントの立役者としてとても誇らしい気持ちである(誇るな)。
またある時は別現場のオタクに「『今日も最高のPetyだったな』の写真を撮ってる姿を生で見れて感動した!」と言われて、その時も誇らしい気持ちになったものである(なるな)。


水着撮影会について
昨年に引き続き今年も水着撮影会に出たが、昨年のイベントが聞いたこともないようなマイナーイベント(失礼)だったのに対して、今年は1回目がフレッシュ撮影会、2回目が近代麻雀水着祭、と比較的メジャーなイベントであり、まあまあの躍進と言ってもよい。つまり大躍進である。
とくに近代麻雀のほうは、例の埼玉県議員の反対によって一度はつぶれたイベントの代替開催であり、非常に感慨深いものがあった。


2023年のPety年表
1月8日 初のバスライブ
1月17日 パピムズZeppDivercityワンマンでOA
1月21日 室内撮影会
1月28日 神矢すい卒業@下北沢MOSAiC
2月7日 小河ぐみ復帰@新宿SAMURAI
3月27日 ワンマンライブ「アブラカタブラ」@渋谷CLUB ASIA
4月1日 琥珀かりん生誕祭@下北沢ERA
4月17日 観月りり生誕祭@新宿SAMURAI(筆者は身内の手術前日だったため自粛)
4月29、30日 名古屋遠征(筆者は必死になって家庭内稟議をとりつけて参加)
5月6日 フレッシュフェス(水着撮影会)にメンバー全員が参加    
6月 新メンバー白瀬ゆの加入発表
6月28日 屋外撮影会
7月5日 白瀬ゆのステージデビュー(新宿SAMURAI)
7月7日 汐音ほのか生誕祭@下北沢ERA(筆者は当日朝顔を洗っていたらギックリ腰になって行けなくなった)
8月5、6日 名古屋遠征 筆者、今回もチャレンジしようとしたが、「倫理的に許されると思うのであれば行けば?」という家族の発言に轟沈
8月29日 筆者が新型コロナウィルス陽性と診断される
9月3日 屋内撮影会(筆者、熱は下がったけれども旧基準の発熱後10日後は外出自粛に従い自粛)
9月8日 サワソニ@おおばキャンプ村(筆者が感染後10日目に家族が発症したので自粛)
9月17日 2周年記念単独公演「ぺてぃしか勝たん」@下北沢ERA
10月17日 新メンバー募集のツイートがされるが琥珀かりんだけリツイートせずこれはもう卒業確定でしょと筆者が病む
10月29日 浅草着物野外撮影会
10月31日 琥珀かりん最後のライブ
11月1日 琥珀かりん脱退
12月2日 羽乃つゆ卒業が発表される(卒業は2024年2月14日)
12月9日 羽乃つゆ生誕祭、小河ぐみ生誕祭(新宿WALLY)(同日同会場別開催)
12月23日、24日 名古屋遠征 筆者欠席したが病まなかった。成長した。
12月31日 カウントダウンライブ(筆者、最初から家族に対して打診すらせず欠席)


以下、第2稿以降で書かれる予定の内容
増えたオタクたち
2024年1月のワンマンについて
今年のPetyのライブ履歴
今年のPetyのライブ以外のイベント履歴
今年の筆者の参加回数
メンバーについて

小河ぐみ、あるいは、僕だけのヒロイン

地下アイドルアドベントカレンダーカレンダー18日目です。

さて、2023年2月7日という日は世界の歴史、あるいはそれが言い過ぎであれば私の個人史においてポイントオブノーリターンとなる重要な日だった。
小河ぐみが謹慎から復帰した日である。
2022年9月25日のSelene b2でのライブを最後に我々の前から姿を消した小河ぐみは、その後、山本キヨカワ卒業とパピムズZeppワンマンの客席に姿を見せたことはあったが、それ以外はtwitterは動かさず、ふぁぼもせず、一切活動していなかった(あとから聞いたらtwitterは見てはいたらしい)。
4か月の謹慎期間というのは今考えると短い。だが、いつ終わるともわからない闇の中に放り込まれた側としては、4か月はあまりにも長い。
それでも私は耐えて、待って、推しメンが不在のPetyに通い、神矢すい(2023年1月に卒業)に雨宿りさせてもらい(雨宿りという表現は、推しメンになんらかのことが発生してつらい時期にほかのアイドルを推すことを意味しており、一般的な用語かは知らないが私は好んで使う。昔読んだ短編小説に、とある女性が小料理屋の店主のもとに転がり込んでそこの看板娘となって二人は男女の仲になったが、女性の元の男が刑務所から出てくるとその女性は消えてしまった、俺は雨宿りされたんだ、と男は嘆息する、というのがあり、そこから採っている)、安定しない時期にパフォーマンスがボロボロの彼女たちをポンコツPetyと呼び(ポンコツと呼んで楽しむ方向に持ち込むことで精神の安寧を保っていた。激動の期間の彼女たちをそう呼ぶことは酷だったかもしれないけれども私が楽しんでいたので彼女たちにとっても救われていた面もあった、かもしれない)、その間に観月りりを迎え、山本キヨカワを見送り、汐音ほのかを迎え、年を越して、神矢すいを見送り、という4か月を過ごした。思い返して文字にするととんでもない4か月だな。
その間に、三雲なつみしゅきしゅきbotだった私のTwitterでの名前は小河ぐみおいしいbotに変わった(三雲なつみに対しては、これは復活するまでの祈りを込めた名前であると言い訳をしていた。その後も名前が戻ることはなかったので結果的に彼女に対して嘘をついたことになる)。これは2022年9月のワンマンライブのチケット即売YouTube生配信で、「いつか本物のおいしいbotになってね」と言われたことに起因する(YouTubeアーカイブは消えてしまったし私も保存していないのでそのようなニュアンスだったはず)。祈りを込めるのにこれほどふさわしい名前はなかっただろう。
そして迎えた2月7日、泣くかと思ったけれども泣かず、比較的平静に彼女の帰還を私は迎えた。
それから今に至るまでも、比較的平静に推している。ライブへの参加回数(今月25日のエントリまでに数えるが100回行かないくらい)とチェキの撮影枚数が比較的多いくらいだろうか。小河ぐみに会うために(そしてPetyのライブを見るために)デビューから細々と見ている他のアイドルのワンマンを2回干したり、出番が早いライブを見るために新入社員研修で自分が講師なのに早退したり(研修のタイムテーブルを変更したので穴は空けていない)、カメラをレンタルして水着撮影会に行ったり、珍しく生誕委員に関わったり、生誕ライブで最前0を確保して全身筋肉痛になったりなど、過去の自分からは考えられない、平静と言ったが嘘だ、熱狂の日々を過ごしていた1年だった。
去年の悲劇的なエントリが嘘のようである。
控えめに言っても小河ぐみを中心に人生を組んでいるし、老後資金のことも考えていない。オタクをやめますと言っていたのが遥か遠い過去のようだ。
そして今日、小河ぐみは2x歳の誕生日を迎える。
本来であれば国民の祝日として言祝がなければならないところだが、私の力不足でそれは叶わなかった。申し訳ない。来年までには国会で法案を通すようにしたい。そしてこれを読んでいる読者諸兄におかれましては12月18日ではなく19日以降である可能性が高いが、君たちも小河ぐみがこの世界に誕生していることを世界に感謝してほしい。
さて、ここまで書いて満足してしまったが、本来推しメンについて書くのであれば、その人物がいかに魅力的であるかが表現の中心であるべきだった。
例えば、小河ぐみがどんなアイドルなのか、何を考えているのか、趣味は何なのか、歌はどうか、パフォーマンスはどうか、いかに可愛いか、接触はどうか、世界一可愛いというのは本当か(本当である)、圧倒的アイドル感について、というような内容になるはずが、どうやらそうはならなかった。構成を決めずに書くからだよ全く。
ただ、一つだけ確実に言えることは、小河ぐみは私の人生にとって最後の推しメンであるということ、小河ぐみまたはPetyが終わったら私はオタクをやめるということである。二つじゃねーか。
(ここで言う「オタクをやめる」は、月に10~20現場行くようなことをやめるということであり、週1でライブハウスに行くくらいはオタクに入らない)
ということで、私はこれからも淡々と現場に通い続けて、ひたすら小河ぐみを愛して生きていく。
2024年12月18日もまた君に関するブログを書こう。
それまでお互い元気にアイドルとオタクを続けよう。
大好きだよ。

尚、去年からのPetyに関するブログのタイトルは全てPetyの曲名や歌詞から採っており、今回はこういうことです。

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琥珀かりん(Pety)、あるいは、君のこと可愛いって言ったけれども誰にでも言っていたよ

地下アイドル Advent Calendar 2023 - Adventar 12月2日の投稿記事です。

 

「去年も今年も私だけ生誕でメセカがなかった」
頬を膨らませて君はうんざりしたような笑顔を浮かべて、言った。
「かりんのオタク仲悪いからね」
そう返した僕に、君はなんと答えたのだったか。
肯定だったろうか、否定だったろうか。

 

それから数ヶ月後、2023年9月17日のPety2周年単独公演を前にして君は手紙が欲しい、とにかく手紙が欲しい、絶対に手紙を書いてほしい、とtwitter等で強めに意見表明をしていた。
僕や他のオタクたちはそれに対して、もしかして単独公演でPetyをやめてしまうのではないか、やめる発表をするのではないか、と危惧していたのだが、少なくとも僕に関しては冒頭のような会話をしたこともあって、過去にメセカがなかったから今回は絶対に手紙を書いてくれよお前ら頼むよ絶対に、という意味だろうなととらえていた。
単独公演前日から当日にかけて、僕はGoogle Keepに手紙を下書きしていた。
手紙や文章などあるあるだが、書き始めると意外に長くなる。
僕は8月末に初めてコロナに感染して家庭内感染で家族にうつしてしまい、それからまだほとぼりが冷めていない、復帰後初の現場だったので、前物販とライブだけ参加して帰るつもりだった。下書きのまま前物販を迎える。
「(スマホを見せながら)下書きでーす。紙に書いてません。残念。書き終わったら渡すね」
「今日書いて!」
「便箋ないし」
「今日書いて!」
「書くものないし」
「なんでもいいよ!」
「レシートの裏に書くかな~」
「それでもいいから書いて!今日ちょうだい!」
君の迫力に気おされた僕は、ちゃんと手紙を書いていたオタクから余ったレターセットをもらってボールペンを借りて、アプリの下書きから加筆修正しながら当日の会場である下北沢Eraの入口の地べたに座って書いた(ありがとうねりょうたろう)。
今考えれば、君のことを考えながらちゃんとレターセットを自分で選べばよかったね。過去には銀座の伊東屋本店で1時間かけてお別れのレターセットを選んだということも僕にもあったのだ。
(2023年1月28日にはPetyから神矢すいというメンバーも卒業している。小河ぐみが不在の間に僕のメンタルを支えてくれたという意味で彼女には多大な感謝をしており、本来はこのように、当時のフレッシュな感情が残っているうちにウェブログを書くべきだったと非常に後悔している)
手紙を撮影するのを忘れて内容は大まかにしか覚えていないが、以下のようなことだったはず。
・かりんと初めて話した日のことはよく覚えている
・Petyポンコツ列伝
・実はチェキをとった「日数」で言えば推しメンの小河ぐみよりも多いかもしれない
・順番としては必ず小河ぐみの次にチェキをとっている、必ず毎回とっているので、所謂2推しかもしれないね~
かりんから手紙の感想を聞いたりはしなかったが、「日数」に関してはそうかも!というような話をした。

 

とは言え、その後も君の卒業/脱退を匂わせるような出来事はあった。

・Pety新メンバーの募集が始まったこと
・新メンバー募集のツイートに対して、その夜のうちに琥珀かりんだけが引用リツイートをしなかったこと
以上二点だけで僕は君の卒業を確信してしまい、その晩は眠れなくて2時まで泣いていたよ。そしてPety関係ない昔からのオタク友達にDMで吐き出したりしていた。
結果的にその予想は当たってしまったわけだが、君は隠し続けてやめないよアピールをしていた。偉い。
「さようなら」
「やめないよ」
「やめるんでしょ」
「やめないよ」
「かりんだけツイートしてなかったじゃん」
「あの日は友達と飲んで酔っぱらってタイミング逃してどうしよう~って思ってたら翌日になった」
「やめるんだね、さようなら」
「やめないよ」
などという会話を何度かしていた。
友達と飲んで酔っ払っていた、ということ以外はポンコツ琥珀かりんだったらありうるよな、と思い、それを信じた、というか、縋ってしまったといってもいいかもしれない。虚偽だったわけだけれども、優しいウソというか、職務上やむを得ない嘘というか、取引先に対しては隠し通すしかないよなというか、まあ、仕方ないとしか言いようがない。
僕たち(アイドルオタク)は、ささやかな現実と大きな虚構のバランスの上に立って遊んでいる。改めてそれを思い起こさせてくれる出来事だった。

 

そして君は10月31日に攻めてないハロウィン衣装(えっちではないウサギ衣装)を着てライブをしたのを最後に僕たちの前から姿を消した。
脱退が発表された11月1日の夜は僕はひたすら泣いていた。発表の20分前に納品されたマルシェを見て泣いていた。家族の前でもひたすらスマホをいじりながら泣いていたので、きっと不倫相手からお別れでも言われたのだろうと思われたに違いない、それくらい泣いていた。家族が寝た後は声まで上げて泣いていたのは今になって思うと本当になんなんだ、笑ってしまうというか同情してしまうというか、推しメンでもないのにおじさんがそんなに泣くんじゃあないよ、という声しかかけられない。それから3週間くらいは睡眠時間も減り酒量も増えた。オタクと飲んでいるときに突然泣き出すなどの奇行もあった。結局体調を大幅に崩して酒はやめたが。酒はクソ。睡眠不足は今も続いている。
マルシェは今も時折見返しては泣いたりしているよ。泣かない時もある。

 

振り返っても本当に琥珀かりんとは内容のない話しかしなかったし、#かりんちゃんえらいね が公式のハッシュタグなのに僕は #サイコパス赤ちゃんかりんちゃん #単位を落とすな琥珀かりん など、しょうもないハッシュタグしか使わなかったし(本人の話を聞いていれば分かるが大学生であることは公式には表には出していなかったので単位を落とすなのハッシュタグは封印した)、 #至高の琥珀かりん などと、君の足元だけの写真を毎回ライブのあとにツイートしていたし、並行物販で話しているときに他のアイドルのフリコピをするし、列挙していたらなんとなく申し訳ない気になってきた。すまん。
それでも手紙に書いた通り常に僕は常に君のことを気にしていたのだった。まあ、好きだった可能性もあるね。

最後の日はチェキを1枚しかとらなかったが、その日も結局単位を落とすな大学はちゃんと卒業しろ僕のGPAは2を切っていたがちゃんと卒業したぞ、という話をした。人生の先輩(GPA2以下)からの最後のアドバイスだった。
貴重なアドバイスなので役立ててほしい。
あと、ちゃんと寝ろ。午後に起きるな。午前中に起きろ。

 

本エントリのタイトルとして「複雑にしてたのは琥珀かりんだったね」というのを用意していたのだが、それはやめた。Petyの曲「ドラマチック」で琥珀かりんが「複雑にしてたのは僕の方だったね」と歌うパートがあり、僕だけがそれに合わせて「複雑にしてたのは琥珀かりんだったね」と叫んでいた。

www.youtube.comおかげでそこは謎に泣きパートになってしまった。
事態を複雑にしていたのは本当に君だったよ、琥珀かりん。
いつかどこかで会いたい気持ちはあるが、君のようにポンコツで優しい女の子はPcycleのようにアイドルにやさしい(おそらく)事務所でないとやっていけない気がする。他のブラックな事務所ではすぐにつぶされそうだし。
無理せず健康に過ごしてほしい。


琥珀かりん年表
2021年9月12日 下北沢ERAにてPetyのメンバーしてデビュー
2021年12月6日 渋谷サイクロンにて初めて僕に見られる
2022年1月5日 寝坊してライブを飛ばす(特典会には参加)
2022年4月16日 琥珀かりん生誕祭
2022年7月17日 お台場アイドル博ライブで初めて僕とチェキをとる
2022年8月10日 人生で初めて浴衣を着る(沖縄出身なので)
2022年10月~12月 山本キヨカワ卒業に際してERAに爆破予告して卒業阻止するなどの発言をする
2023年4月1日 琥珀かりん生誕祭
2023年5月6日 フレッシュフェス2023において初めて水着(攻めてない)になる
2023年10月31日 アルタキースタジオにて最後のステージ
2023年11月1日 脱退

 

琥珀かりんメインだった曲「ひとりよがりマイヘアー」
本エントリーの元ネタの「可愛いねって言ったじゃん 誰にでも言うんでしょ」というフレーズがある。

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小河ぐみ(Pety)、あるいは、運命の出会いなんて恥ずかしくて言えないけれどもきっと運命のプリンセス

地下アイドル Advent Calendar 2022 - Adventar

12月18日のエントリです。

 

12月18日は、筆者の2大推しメンである一人の小河ぐみの誕生日であるため、この日をエントリの日として選んだ(もう一人はPRSMINの三雲なつみ)。しかし残念ながら、今年は彼女の生誕祭はないし(去年も行ったことないのに)、誕生日おめでとうを言うこともできないし、プレゼントを贈ることもできないので、節目としてこのエントリを残す。

もし今君に信頼すべき推しメンがいるのであれば、リスク分散のためなどと誤魔化して安易に推しメンを増やすべきではない。君だ、僕は6カ月前の自分に言っている。
小河ぐみに初めて会った(会った、というのは分かりにくい日本語で、ライブで見たことを会ったと表現する人もいれば、チェキをとって話したことを会ったと表現する人もいるが、今回は前者)のは、先日の山本キヨカワに関するエントリにも書いた通り、2021年12月だった。その時は漠然と山本キヨカワと羽乃つゆがいいなと思っており、他のメンバーはとくに印象に残らなかった。上述のエントリの通り、この時のPetyには本当にいい印象を抱かず、むしろ、このグループ大丈夫なんですかカワシマユカさん、とさえ思っていた。

2回目は同じ月のクリスマスライブ、たしかNEW CODOMO PROTEANとHAKUAKIを目当てに見に行ったのだが、もう一度Petyを見て判断したいなという気持ちもあり、多少は楽しみにしていた。この日はどこのグループもクリスマス衣装で、そもそもコスプレ衣装(ハロウィンにせよクリスマスにせよ)はいつも通っているグループならともかくあまり知らないもしくは初見のグループの場合は本来の魅力が出せない(もしくは本来以上の魅力が出せてしまう)のでよろしくない、少なくとも筆者はチェキをとろうとは思わない。
ということで、この日もやはりチェキをとることはなく、しかし、前回とは違う、小河ぐみという子が可愛いなと思い、フォローしたうえでその旨をツイートした。
その後しばらくして小河ぐみのこの日の衣装のチェキプレゼント企画があり筆者はこの企画に申し込んで見事当選、小河ぐみの滅茶苦茶可愛いチェキを入手したのだが、それは孔明の罠だった。実はこのプレゼント企画は公正な抽選ではなく、応募者の中から筆者を釣り上げたものだったのだ。小河ぐみと当時のPetyのマネージャーのたけうちは二人で共謀し、果たしてこのチェキをだれにプレゼントすれば効率が良いか(つまり、そのオタクが現場に通って金を落とすうようになるか)を検討し、そのターゲットに選ばれたのが筆者だったのだ。これが明かされるのは翌年(つまり今年)に筆者がPetyの現場に通い始めるようになってからだったのだが、この時点では当選したということで何やら運命めいたものを感じていた。ちょろい、ちょろすぎる。そして改めて小河ぐみとたけうちの悪辣な策謀は糾弾されてしかるべきである。

さてしかしながら、それからは確かコロナの第6波ということで筆者は2022年2月の三雲なつみの生誕にすら行かず、悶々とした日々を過ごしていた。次にPetyを見ることになるのは、6月、実に半年経過しているが、この3年のコロナ禍では半年というのもさして問題にはならないだろう。
2022年6月、POPChuuuNというPcycle主催イベントの招待企画に筆者が当選してライブを見に行くことになったのだが、これも当然ながらこの時もたけうちと小河ぐみの共謀である。厳正な抽選ではなく、筆者は狙い撃ちにされたのだった。後から小河ぐみ当人に聞いたところ、「ようやく来た」とのことだったらしい。

それからの(筆者の中での)小河ぐみの躍進は目覚ましいものがあった。
他のメンバーには目もくれずチェキに並び、2022年クソイベオブザイヤーことお台場アイドル博ライブにもチケット代6500円や熱中症リスクをものともせず鑑賞し(さすがにイベント中断リスクは誰にも予想できなかった)、9月18日のワンマンライブの券種をさんざん悩んだ結果Sチケット(優先入場、Tシャツ、オフ会で30,000円)を購入し、Pcycleお得意の一人のオタクにワンマンチケットを複数枚買わせる商法に合わせて自分のSチケットのほかにBチケットを3枚購入して友達を招待して(尚、PetyはPcycleの他の2グループと比べて明らかにチケットを売る気があまりなく、果たしてこれは何か深い思慮があるのか、ワンマン翌日のオフ会で確認しようかと思っていたのだが忘れたまま今に至る)、ついには推しメンと呼ぶようになった。尚、筆者の推しメンの定義は一昨年のこのエントリの通り非常に狭い。小河ぐみが推しメンであるという旨のツイートをしたら三雲なつにみふぁぼられてビビり、それでも9月3日のぐみの日にtwitterの名前を三雲なつみしゅきしゅきbotから小河ぐみおいしいbotに変更するなど、人の心というものが勝手に暴走する様は本当に恐ろしい。そのように、筆者の中で小河ぐみの存在は非常に大きなものになっていった。そして最高潮の感情で迎えた9月18日のワンマンライブとオフ会。ワンマンライブについては先日のPetyに関するエントリでそもそも記述すべきだった。新メンバーも新曲も新衣装もないワンマンライブというのは正直呆れないでもなかったが、それでも、ワンマンでしか摂取できない栄養というものはあるし、「ワンマンに向けて頑張る」という過程を経ることでアイドルというものは輝きを増すのだという認識を新たにした素晴らしいライブだった。
からの、小河ぐみの無期限謹慎の発表である。

 

涙の数だけ強くなれるのかそれとも涙の数には上限がありいつか心は折れるのか、いつまでたっても分からないけれども我々地下アイドルのオタクにとっては慣れたものである。しかし慣れているからと言って悲しくないことはないし、何度迎えても慟哭は禁じ得ない。そしてオタクをやっていれば年に数回ペースで直面できるあまりにもインスタントな悲劇である。勿論喜劇でもある。
というわけで、小河ぐみは2022年12月18日現在も絶賛謹慎中で、筆者は、俺はひたすら君が復活するのを待っている。ときに夜に枕を濡らしながら、ときに泥酔してPetyのライブを見ながら君を待っている。
いつのことだったか忘れたけれども、「ぐみも可愛いけどPetyが最近最高に楽しい」と言ったら喜んでくれた君、普通なら推しメンがこんなことになったら現場には通わなくなるけれども、君がいなくてもPetyは楽しいから俺は君不在のPetyに通っている。君の帰る場所を守っているなんてことを言うつもりはさらさらなくてただ単に楽しいから通っているだけなんだけれども、君がいなくても楽しい。けれども君が帰ってきてくれればもっと楽しくなるだろうから、早く帰ってきておくれ。
小河ぐみおいしいbot(本物)より。